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東京高等裁判所 平成5年(う)74号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人和久田修及び被告人名義の各控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官吉岡征雄名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する(なお、弁護人は、当審第一回公判期日において、同名義の控訴趣意書第二の一の1の(三)について、不法に公訴を受理した違法をも主張する趣旨である旨釈明した。)。

そこで各論旨につき、原審記録及び証拠物を調査して、次のとおり判断する。

一  建造物侵入罪の客体に関する事実誤認ないしは法令解釈適用の誤りの主張(弁護人の控訴趣意第二の一の2)について

所論は、要するに、本件建造物侵入罪の客体とされた千葉県柏市立甲野小学校構内(以下「本件構内」という。)は、その出入口四か所に設置された門扉がいずれも施錠されていない上、正門を除く三つの門については、常に半開きの状態であり、事実上外部との交通が制限されていないから、刑法一三〇条の「人ノ看守スル建造物」に該当しないにもかかわらず、これに該当するとして同罪の成立を認めた原判決には、事実を誤認し、同条の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

よつて考察するに、刑法一三〇条にいう「建造物」とは、建物のみならず、その囲繞地をも含み、その建物の付属地として門塀を設けるなどして外部との交通を制限し、外来者がみだりに出入りすることを禁止している場所に故なく侵入すれば建造物侵入罪が成立すると解され、右のような囲繞地であるためには、その土地が、建物に接してその周辺に存在し、かつ、管理者が外部との境界に門塀等の囲障を設置することにより、建物の付属地として、建物利用のために供されるものであることが明示されれば足り、また、同条にいう「人ノ看守スル」とは、人が事実上管理・支配することを意味するものと解すべきところ(最高裁昭和五一年三月四日第一小法廷判決・刑集三〇巻二号七九頁及び同昭和五九年一二月一八日第三小法廷判決・刑集三八巻一二号三〇二六頁参照)、原判決挙示の関係証拠によれば、本件構内の利用関係、外部との境界の客観的状況及びその管理の実態等は次のとおりであることが認められる。

1  柏市立甲野小学校の敷地総面積は約二万九五三〇平方メートルであり、敷地内に管理棟兼教室棟一つ、教室棟二つ、体育館、特殊教室等の施設及びプール等の設備がある。本件構内は、右各施設の敷地、付属地及び運動場、校庭等として、各施設等と一体として利用に供されている。その外周については、後記の四つの出入口を除き、すべて高さ一・三メートルないし二・九メートルの金網フェンス、ブロック塀ないしは鉄柵等によつて囲まれて外部と明確に区別されており、外来者が右出入口以外の場所から本件構内に立ち入ることができない構造になつている。外部から本件構内に通ずる出入口として、同校には正門、東門、西門及び南門の四つがあり、いずれも高さ約一・二メートルないし約一・五メートルの鉄柵製スライド式門扉が設置されている(西門については、更に、スライド式門扉の両側に高さ約一・〇七メートル及び約一・二メートルの鉄柵製片開き門扉がそれぞれ設置されている。)。

2  同校の施設等に対する管理権は校長が統括しているが、校長の委任により右権限を分掌する同校教頭が右施設等の管理責任者の地位にあつた。教頭は、生徒、教員及び学校職員の下校が終了した後に、校舎内外を点検した上、施錠まではしないものの正門を完全に閉鎖し、翌朝午前六時半ころから同七時ころまでの間に登校してこれを開けることとしていた。他の三か所の門扉については、ジョギングをする住民らが本件構内に出入りすることがあるため、これらの者が自分で開閉することを認めていた。その際、完全には閉鎖されずに、数十センチメートル程度の隙間が残されることがあり、本件に関して実況見分が実施された平成三年九月五日午前六時五分ころも、右三つの門扉はいずれも人一人が出入りできる程度に開けられていた。右のとおり、正門をはじめ三か所の門扉に施錠をしないのは、同校が災害時の避難場所に指定されていることから、災害発生時に地域住民が本件構内に避難することを妨げないようにすることに加え、同校が地域住民の健康増進のため夜明け時から日没時までに限定して校内のジョギングコースを同住民らに開放しているためであつた。

3  一般人が夜間本件構内に立ち入ることは禁止されており、一部例外として、同校の体育施設を地域住民に開放すべきものとされていることから、毎週月、水、木、土曜日の各午後六時ころから午後八時三〇分ころまでの間、小学生ないしは成人を対象とした剣道や居合の稽古のための体育館の利用を教育委員会が特別に許可している事例が存するだけである。その際には、体育館使用終了後、教頭の委託により、右稽古の責任者であるAが体育館に施錠した上、正門を確実に閉鎖するものとされていた。

4  更に、同校では過去に本件構内において女子児童が殺害されるという事件が発生したため、学校及びPTAが薄暮時を中心に本件構内のパトロールを実施するほか、児童の早期下校を促してその居残りを禁止するなどし、一般人が日没後に正当な理由なく本件構内に立ち入ることを禁止する具体的措置を講じていた。

以上の、本件構内に関する外形的事実及びその管理の実態等に徴すると、本件構内は、前記「囲繞地」として外来者がみだりに出入りすることを禁止している場所であつて、同校教頭らが事実上管理するものということができ、「人ノ看守スル建造物」に該当するものと解するのが相当である。所論が指摘するとおり、正門をはじめ四か所の門扉がすべて施錠されておらず、また、正門を除く三か所の門扉が人一人が出入りすることができる程度に開けられたままにされることがあつたとしても、これは前記の理由に基づくものであつて、右の点から直ちに本件構内と外部との交通を制限することなく一般人の自由な立入りを許容していたものとは到底認め難い。

所論は、近隣住民らが、深夜、ジョギングや花火、あるいは近道等をするために本件構内に入ることは自由であるから、外部との交通の制限はなされていないと評価すべきであると主張する。

しかしながら、右は、前記の理由により各門扉が施錠されておらず、また、完全に閉鎖されない門扉があるため、事実上本件構内に出入りする者に対し制限を加えることが困難であるからであつて、このことから直ちに「人ノ看守スル」の要件に欠けるものということはできない。

その他所論にかんがみ更に検討しても、本件構内が刑法一三〇条の建造物侵入罪の客体に該当するとした原判決に事実誤認ないしは同条の解釈適用を誤つた違法があるとは認められず、所論を採用することはできない。

二  建造物侵入罪の保護法益に関する法令解釈適用の誤りの主張(弁護人の控訴趣意第二の一の1)について

所論は、要するに、原判示小学校のような公共の建造物については、固有の意味でのプライバシーは存在せず、本罪の保護法益につき個人の住居とは別個の考慮が必要であり、判例も、公共の建造物に関する保護法益については事実上の平穏であるとの立場をとつているものと解され、本件においてその法益が現実に侵害されたか否かを判断しなければならないが、右議論を回避して被告人に対し有罪判決を下した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、建造物侵入罪が成立するためには、他人の看守する建造物への立入りが管理権者の意思に反するものであれば足り(最高裁昭和五八年四月八日第二小法廷判決・刑集三七巻三号二一五頁参照)、同罪の保護法益については、管理権者が当該建造物をその意思に基づいて自由に管理支配し得ることであると解するのが相当である。よつて、所論はその前提を欠き、採用の限りではない。

三  被告人が本件構内に立ち入つた事実の認定に関する訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張(弁護人の控訴趣意第二の二、被告人の控訴趣意三の1、2、四の3)について

1  訴訟手続の法令違反の主張について

弁護人の所論は、要するに、原審は、被告人が本件構内に立ち入つた事実に関する証拠として、司法警察員作成の検証調書(甲3)を採用して取り調べているが、(一)右検証は、被告人を逮捕した柏警察署巡査部長(逮捕当時は同署巡査)Bの立会の下に、検証本来の目的を離れて、逮捕当時の状況に関する同人の供述を再現する形で実施されたものであつて、同検証調書は、実質的には同人の供述証拠としての性格を有するから証拠能力がなく、また、(二)右検証の後半部分は、原判示小学校校長Cの立会を欠き、検証の公正さが担保されていないから、この点からも同部分の証拠能力を否定すべきであり、同検証調書を有罪認定の資料とした原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある、というのである。

(一)  記録によれば、本件検証調書は、原審第一回公判期日において、検察官から「犯行現場及びその付近一帯の状況、被告人を発見、追跡、逮捕した際の再現状況、D宅の見通し状況」を立証趣旨として申請されたが、弁護人がこれを証拠とすることに同意しなかつたため、同第二回公判期日にその成立の真正につき作成者Eを証人として尋問した上、同第三回公判期日において刑訴法三二一条三項該当の書面として採用され、取り調べられた(右採用決定につき弁護人から異議の申立てがなされたが、棄却された。)経過が認められる。したがつて、本件検証調書は、刑訴法の同条項によつて証拠能力が認められる限度内、すなわち、犯行現場及びその付近一帯の状況、D宅の見通し状況のほか、立会人の指示説明によつて検証対象場所として特定された地点の客観的状況につき、検証担当者が五感の作用により認識した結果を記載した部分に立証趣旨を限定して採用されたものと解するのが相当であり、立会人Bの供述中、検証対象場所特定のための指示説明を超えた部分まで、その供述内容に沿う事実の存在を認定する資料とする趣旨で採用されたものでないことは明らかである(被告人を発見、追跡、逮捕した状況については、同第三回公判期日において同人を証人として尋問している。本件検証調書は、右証言に現れた各人の行動がなされたという地点の客観的状況を明らかにするにとどまるものである。)。所論はその前提を欠き、採るを得ない。

(二)  次に、本件検証は、本件構内の管理責任者である原判示小学校校長Cの立会の下に、平成三年九月二二日午後三時五〇分に開始され、同日午後八時二〇分に一時中断し、翌日午前一時から再開されたものであるところ、所論指摘のとおり、右再開時から検証が終了した午前二時一五分までは右校長の立会がなかつたことが認められる。しかしながら、右再開の時点ではすでに、手続の公正確保のために管理責任者の立会を要する検証の大部分は終了していたものと認められ、あとは、民家の明かりが消えた時刻における、B巡査らが固定警戒に就いていた市道付近の照明の状況、同所から不審人物が居た本件構内西側金網フェンス付近に対する見通しの状況等についての検証が残されていたに過ぎない。右のとおり、再開後の検証の内容からすると、ことさら本件構内の管理責任者に立会をさせる必要性が高くはなかつたことに加え、検証中断時までにその開始からすでに四時間三〇分余が経過し、一時中断後検証再開までに約五時間待機しなければならないことや検証の実施が深更に及ぶことをも考えると、捜査官があえてその立会を求めずに手続の公正に留意しながら残された検証を実施したとしても、その措置が本件検証調書の当該部分の証拠能力を否定すべき程度の違法性を有するものとは認め難い。そして、原審証人Eの証言及び本件検証調書の内容によれば、右再開後の検証手続に公正さを欠いた事情は何ら認められない。

よつて、原審が本件検証調書を証拠として採用してこれを取り調べた措置に所論のような訴訟手続の法令違反があるとは認められず、所論はいずれも採用することができない。

2  事実誤認の主張について

弁護人及び被告人の所論は、要するに、被告人が本件構内に立ち入つたという本件公訴事実の核心的部分については、捜査・公判段階を通じ、被告人は一切これを認める供述をしていないのであつて、信用性に乏しく、物的証拠の裏付けもない原審証人Bの供述のみによつて、同証人が本件構内に立ち入つているのを現認したという人物と被告人との同一性を肯認した原判決は、事実を誤認したものである。というのである。

たしかに、同証人がD宅付近の固定警戒地点から本件構内の樹木の辺りにいるのを発見した人影については、その容貌までは確認しておらず、同証人が本件構内に立ち入つて、先程人影を見た樹木の付近にいるのを発見して誰何した人物との同一性は、高度の蓋然性をもつて推認することはできるとしても、合理的疑いを容れない程度の立証がなされたとまではいい得ない。しかし、同証人は、本件構内において発見され、誰何されて逃げ出した人物については、直ちにその後を約一〇メートルないし一五メートル遅れて、約三〇〇メートルに亘り追跡して逮捕しているのであつて、その人物と、当該被逮捕者である被告人との同一性は明らかである。なお、同証人は、右追跡の途中、曲り角で一瞬相手の姿が見えなくなることはあつたが、角を曲がると、同じ間隔で同じ人物が前方を走つていたので、見失つたとは思わないと述べており、原判決のとおり、当時の被告人の服装が極めて特徴のあるものであつたことに照らしても、右供述は十分措信するに足りるものというべきである。弁護人は、同証人のその余の供述部分に記憶の曖昧さを窺わせる点があるとして、証言全体の信用性に疑問を呈し、被告人が午前零時ころ正門から侵入したとのストーリーを作るために記憶が操作された可能性が強いと主張するが、本件構内で発見した人物を追跡、逮捕した経過に関する同証人の供述には何ら間然するところがなく、その信用性に疑いを容れる余地はない(なお、被告人の所論にもかかわらず、原判決は、被告人が正門から侵入したとは認定していない。)。それ故、各所論は採用の限りでない。

四  管理権者の包括的承諾の有無等に関する事実誤認の主張(弁護人の控訴趣意第二の一の3、被告人の控訴趣意三の4)について

各所論は、要するに、仮に被告人が本件構内に立ち入つた事実が認められるとしても、本件構内への夜間における一般人の立入りについては、窃取等の実害をもたらす意図に基づくものでない限り、管理権者の包括的承諾が存在していたものであり、あるいは少なくとも、小学校に実害を与えない態様の平穏な立入りについては、管理権者の意思に反したものとはいえないでのあつて、原判決が、被告人の立入りが管理権者の意思に反していたと認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である、というのである。

しかしながら、前記一の1ないし4に認定した事実によれば、本件構内への夜間における一般人の正当な理由のない立入りにつき管理権者の包括的承諾があつたものと認めることはできない。

弁護人は、本件構内のような公共の建造物について管理権者の意思を過度に強調すると、不当な処罰範囲の拡大を招いて妥当ではなく、その意思については規範的制限を受けると解すべきであるとし、本件のように、小学校に実害を加えない態様での立入りについては管理権者の意思に反しないものと評価すべきであると主張する。もとより、管理権者の意思といつてもその自然的意思を絶対視することなく、規範的にみて合理性を有すると認められる意思に反するかどうかを問題とすべきことは所論のとおりであるが、これを判断するに当たつては、所論実害の有無の点に限らず、行為の全体像を総合的に捉えることが必要であり、後記の侵入目的のほか、侵入の態様、滞留場所及び滞留時間、その他記録上窺い得る諸般の事情に照らせば、被告人の本件立入りが同校の管理権者の合理的意思に反することは明らかである。

以上のとおり、被告人の本件構内への立入りが管理権者の意思に反していたと認定した原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められず、各所論は採用することができない。

五  建造物侵入罪の故意に関する事実誤認の主張(弁護人の控訴趣意第二の一の3)について

所論は、要するに、本件構内については夜間の立入り禁止が明示されておらず、現実に各門からの立入りが自由に行える以上、夜間、同校に実害を加えない態様で立ち入る者に規範的障害は生じないから、被告人に建造物侵入の故意を認めることはできないにもかかわらず、これを認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、本件構内が「人ノ看守スル建造物」に該当することは前示のとおりであり、被告人にその外形的事実の認識に欠けるところはなく、また、後記の侵入目的のほか、本件侵入の態様及び被告人がB巡査に発見、誰何されるや直ちに逃走を図つたことに照らすと、被告人は、その本件構内立入りが管理権者の意思に反することの認識を十分有していたものと認めるのが相当である。

よつて、被告人に建造物侵入の故意を認定した原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められない。所論は採るを得ない。

六  侵入目的の認定に関する訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張(弁護人の控訴趣意第二の三、被告人の控訴趣意二、四、五)について

1  弁護人の主張について

所論は、要するに、(一)原審は、被告人が本件構内へ侵入した目的の認定に際し、中核派が原判示D方をゲリラ活動の対象としていた事実の証拠として、押収にかかる機関紙「前進」一五四一号及び同「日刊三里塚」三三七八号の謄本(当庁平成五年押第二六号の一三、一四)を採用して取り調べているが、右機関紙はいずれも伝聞証拠であり、作成者さえも特定されておらず、同書面の内容の真実性について作成者に対する反対尋問がなされていないことは明白であるから、その証拠能力を否定すべきであり、原審の右措置には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、(二)原判決は、その理由中の(罪となるべき事実)の項において、被告人は、「革命的共産主義者同盟中核派の構成員であるが、新東京国際空港二期工事阻止を標ぼうする同派が攻撃対象者としている……D方付近における深夜の通行状況及び警察による警備状況等を密かに調査する目的」で、本件構内に侵入した旨認定し、また、(事実認定の補足説明)の項の二において、被告人が本件構内において原判示D方付近の通行状況等を調査していたこと、被告人は中核派の構成員であること、中核派は、成田空港二期工事に関係する千葉県当局者らに対するゲリラ活動を敢行する旨宣言していたことをそれぞれ認定し、被告人の本件侵入行為は、D方に対するゲリラ活動の準備としての調査活動であつたと説示しているが、これらについては十分な証明がなされたとはいえず、原判決の右認定は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である、というのである。

(一)  しかしながら、押収にかかる右各機関紙は、いずれもその記載内容の真実性を立証の対象とするものではなく、当該記載のある機関紙の存在自体が立証の対象とされるものであり、伝聞法則の適用を受けない非供述証拠として採用されたことが明らかであるから、この点で所論は前提を欠き、これを採用して取り調べた原審の措置に所論のような違法があるとは認められない。所論は採るを得ない。

(二)  また、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決がその理由中の(罪となるべき事実)で摘示した被告人の本件侵入目的に関する事実についてはこれを優に是認することができ、(事実認定の補足説明)の項の二において説示するところも概ね首肯することができるのであつて、原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。すなわち、

(1) まず、被告人が本件構内滞留中にした行動については、原判決挙示の関係証拠によつて認められる、被告人の現行犯逮捕された当時(平成三年九月五日午前二時四四分)の着衣、携帯品のほか、被告人がB巡査に発見された当時滞留していた本件構内西側金網フェンス付近はD方から直線で二〇メートル弱の位置にあり、同所から同方付近を十分見通すことができること、被告人が当時所持し、その指掌紋が付着したメモ片には、本件当夜のD方前市道の通行状況に符合する記載があること、被告人は本件構内にいるところをB巡査に発見され、誰何されるや直ちに逃走を図つたこと、以上の諸点に、被告人において、本件構内に立ち入つた目的ないしは正当性、更には右着衣や携帯品等について捜査及び原審公判を通じて全く説明をしようとしていないことを併せ考慮すると、本件当時、被告人がD方付近の通行状況等をひそかに調査していたことを推認するに十分である。なお、本件構内に存した足跡については、所論も指摘するとおり、これが被告人着用のカジュアルシューズによつて印象されたものとは認めるに足りず、その証拠価値に疑問があるというべきであるから、原判決が右足跡の存在をも右事実認定の根拠の一つとして挙げている点は失当であるが、他の関係証拠によつても、右事実を認定するに十分であり、右の点が判決に影響を及ぼすものとはいえない。

(2) また、関係証拠(原審証人F及び同Gの各証言、押収にかかる機関紙「前進」一五四五号及び同一五四八号各一部、同ビラ二枚、判決書謄本並びに検察事務官作成の前科調書)によれば、昭和五八年から平成三年一月までの間に、千葉県警や警視庁が革命的共産主義者同盟中核派(以下「中核派」という。)の活動拠点である前進社に対して実施した捜索差押に際し、被告人が多数回にわたり、同前進社側の責任者としてこれに立ち会つたことが認められるほか、被告人が本件により逮捕、勾留されるや、中核派は、被告人を「同志」と呼んでこれを支援するとともに右逮捕を糾弾し、勾留裁判官や取調担当検察官などを名指しで非難する旨を記載した機関紙ないしはビラを発行、配付したことが認められる。更に、被告人は、昭和五六年二月二六日、「中核派に所属し、またはこれに同調する者であるが、昭和五二年五月六日、新東京国際空港建設に反対し、いわゆる第一及び第二鉄塔の除去処分に抗議、報復する目的で、同空港構内に侵入したうえ、警察官を竹竿で突く暴行を加えた。」との事実に基づく建造物侵入及び公務執行妨害の罪より懲役一年六月、三年間執行猶予の有罪判決の言渡しを受けており(昭和五六年六月九日被告人の控訴取下により確定)、被告人が右各事実について捜査及び原審公判を通じて全く説明をしようとしていないことをも併せ考慮すると、被告人が中核派に所属し、ないしは少なくともこれに同調して行動を共にする者であることは明らかというべきであり、右の意味で中核派の構成員ということができる。

(3) そして、関係証拠(前掲F証言、押収にかかる機関紙「前進」一五四一号及び同「日刊三里塚」三三七八号の謄本各一部)によれば、中核派は、かねて新東京国際空港の建設、設置に反対して空港建設関係者らの自宅等に放火するなどのゲリラ行為を反復し、同空港建設問題を平和的な話合いで解決しようとする「公開シンポジウム」開催にも反発してその粉砕を叫び、これを推進する政府及び千葉県関係者を糾弾していたものであるが、特に機関紙「日刊三里塚」三三七八号(平成二年一〇月一八日付)において、当時の同県企画部次長で右公開シンポジウムの運営委員でもある原判示Dを名指しで非難していたこと、更に、同派は、本件犯行の約一か月前である平成三年七月二八日、Dの部下で、千葉県企画部空港対策課長であるH方に対し、宅急便を偽装した時限発火装置を仕掛けるという放火事件を実行し、機関紙「前進」一五四一号(平成三年八月二六日付)において、右犯行声明を出すとともに、右襲撃に引き続いて前記シンポジウムに関係する千葉県当局者にゲリラ攻撃を加える旨を宣言していたことが明らかである。

以上の各事実を総合考察すると、前示のような侵入目的を認定した原判決の推論、判断の過程に所論のような不合理な点があるとは認められない。所論は採用の限りではない。

2  被告人の主張について

所論は、要するに、(一)被告人が中核派構成員であることや被告人の本件侵入目的についてはいずれも被告人自身の供述がない、(二)前進社に対する捜索差押に立ち会つた者が直ちに中核派構成員には結びつかず、また、被告人が右立会人になつたことがあつたとしても、それは過去のことであり、本件発生当時の被告人の立場を示すものではない、(三)原判決が挙示する機関紙やビラに本件に関する記載があつたとしても、誰が取材、投稿したものであるかは明確ではなく、更に、その記載内容から原判決のような認定はできない、(四)本件発生時における被告人の服装、所持品に関する原判決の認定も不合理であるから、原判決の侵入目的の認定には事実の誤認がある、というものであると解される。

しかしながら、前記説示のとおり、関係証拠によれば、原判決が侵入目的に関して認定した事実は優に是認できるのであつて、右所論はいずれも採用の限りではない。その他所論にかんがみ更に検討しても、原判決に所論指摘のような事実の誤認があるとは認められない。

七  不法に公訴を受理した違法に関する主張(弁護人の控訴趣意第一の五、第二の一の1の(三)、第三、被告人の控訴趣意六)について

各論旨は、本件については、以下に述べる理由により、公訴棄却の形式裁判をもつて訴訟を打ち切るべきであつたのに、ことここに出ず有罪の実体裁判をした原判決は、不法に公訴を受理したものであつて、刑訴法三七八条二号により破棄を免れない、というのである。

1  判決をもつて本件公訴を棄却すべきであるとの主張について

各所論は、要するに、本件捜査手続には、(一)被告人を現行犯人として逮捕するに当たり、その旨及び被疑事実を告知せず、(二)取調警察官において被告人を連日長時間(午前九時前後から午後一一時過ぎまで)に亘り取り調べ、その間に、食事を二時間も遅らせる、机を蹴飛ばして被告人の身体に当てる、手拳で殴りかかり、身体に当たる寸前で止めるなどの違法行為が行われ、(三)被告人に対し「弁護士を解任しろ、弁護士との接見を拒否しろ」と強要し、あるいは、被告人と弁護人との接見に際し、「お前の声は大きいから、聞こうとしなくても聞こえる」などと言つてこれを盗聴し、弁護人選任権や接見交通権を侵害するなど、公訴提起を無効ならしめる重大かつ強度の違法があるから、刑訴法三三八条四号により判決をもつて本件公訴を棄却すべきである、というのである。

しかしながら、(一)現行犯逮捕に際しては、緊急逮捕の場合とは異なり、現行犯人として逮捕する旨及び被疑事実の告知は、いずれも法文上要件とされていないことが明らかであるから、本件逮捕手続の違法をいう所論は前提を欠く。

また、捜査手続の違法が必ずしも公訴提起の効力を当然に失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかであり、右訴追裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合とは、例えば公訴の提起自体が検察官の職務犯罪を構成するような極限的場合に限られるものと解すべきところ(最高裁昭和四四年一二月五日第二小法廷判決・刑集二三巻一二号一五八三頁及び同昭和五五年一二月一七日第一小法廷判決・刑集三四巻七号六七二頁参照)、(二)被告人は、捜査段階において何らの自白も供述もしておらず、これらが本件公訴提起や公訴維持の用に供されたことはなく、(三)弁護人選任権や接見交通権に関しても具体的な侵害の結果が発生し、これによつて本件公訴が提起された事跡を窺うに由ないところであるから、本件捜査段階において仮に所論のような違法があつたとしても、本件公訴提起が訴追裁量権の逸脱であり、かつ、これが検察官の職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たるものとは到底認められない。

それ故、捜査手続の違法を理由に公訴提起の無効を主張する所論は採るを得ない。

2  決定をもつて本件公訴を棄却すべきであるとの主張について

弁護人の所論は、要するに、本件公訴事実には、建造物侵入罪の保護法益である事実上の平穏を侵害した事実が欠けており、起訴状記載の事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないから、刑訴法三三九条一項二号により決定をもつて本件公訴を棄却すべきである、というのである。

しかしながら、前示のとおり、同罪の保護法益に関する所論は失当であるから、公訴棄却を求める所論は前提を欠くものというべきである。

以上1、2のとおり、原判決が不法に控訴を受理した旨の論旨はいずれも理由がない。

八  可罰的違法性を欠く旨の主張(弁護人の公訴趣意第二の一の1の(三)、被告人の控訴趣意三の5)について

各所論は、要するに、被告人の本件構内立入り行為によつて、原判示小学校利用の平穏が害された事実はないから、被告人の右行為は可罰的違法性を欠き、被告人に対し有罪判決を下した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな右の点についての法令解釈適用を誤つた違法がある、というものであると解される。

しかしながら、被告人が本件構内に立ち入つた目的は、前示のとおり、反社会的なゲリラ活動のための準備、調査をすることにあり、被告人の本件侵入行為の違法性についても軽視しえないことが明らかである。してみると、これが法秩序全体の精神からみて許容されるものとは到底いえず、可罰的違法性を欠くものと認めることはできない。所論はいずれも採用の限りではない。

九  量刑不当の主張(弁護人の控訴趣意第四、被告人の控訴趣意三の6、7)について

各論旨は、要するに、被告人の本件犯行により原判示小学校に何の実害も発生していないことなどに照らし、被告人を懲役一年二月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

しかしながら、本件犯行は、原判示D方に対する組織的なテロ、ゲリラ活動のための重要な準備、調査行動として行われたものであり、卑劣な暴力で自らの政治目的等を押しとおそうとする極めて反社会的な目的ないしは動機をその背景に持つことが明らかである。本件構内を右準備、調査行動に使用された原判示小学校の管理権者らに衝撃と不安を与えたことは推察に難くなく、また、右ゲリラ活動等の対象とされ、身近な場所でひそかに調査された原判示Dやその家族らに多大な恐怖感を与えたことも無視し得ないところである。

被告人は、前記のとおりの前科を有するほか、本件犯行の動機、態様、その他原審記録に現れた諸般の事情を考慮すると、再犯のおそれが大きいものといわざるを得ない。

以上の諸点に照らすと、被告人の形責を軽視することはできず、被告人を懲役一年二月の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとまではいえない。論旨はいずれも理由がない。

一〇  結語

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森真樹 裁判官 林正彦)

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